厳しさこそ優しさ
仏様は誰もが優しい眼差しをされているそのようにお考えの方が非常に多くおられます。それに対して、不動明王様等怖い形相の仏様もおられます。しかしこれは単に怖い顔をしているわけでなくその人が道を踏み外しても正しい方向に導こうとして下さる大変有り難い仏様なのです。お不動様は右手に剣、左手に縄を持っておられますが縄で言うことを聞かない人を縛り、剣によって邪な心を突き破り清らかな心を取り戻して下さる大変慈悲深い仏様なのです。
慈悲という言葉は抜苦与楽(ばっくよらく)と呼ばれており、苦しみや悲しみを取り除き楽や穏やかな心を与えるという意味がございます。しかしそれはただの優しさではございません。慈悲とただの優しさの大きな違いは合理的であるかどうかつまりその人にとって何が必要で為になるかを考えて行動したり言葉で奮起を促したり出来るかどうかが大切なのです。
小さな子供が転んで怪我をして泣いていたら皆さんはどうしますか?ほとんどの人が手を差し伸べるかと思います。でもそれが本当にその子の為になるのかと考えるならばその子が自分で泣くのを止め、起き上がるのを見守ることも大切なのではないでしょうか。または他人から厳しい口調で注意を受けたりする事も私はすごく大切なことではないかと考えております。実際に言われると不快に感じるかと思いますがその人が成長する過程の上で大切なことなのです。今の時代色々な情報があふれており何が本当で何が嘘なのかわからない世の中です。口では良い言葉を言っていても全く行動が伴っていない人も多くいる中で本当にその人の事を考え行動できる慈悲深い不動明王様のような存在は大変有り難い存在となりそのような方を大切にしていきたいものです。
合掌